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Culture

私のバイブルvol.6/ライター・魚住桜子さん

#私のバイブル

自身が持つ才能を活かし、クリエイティブな生き方をしている素敵な人に、ミューズたちの指針や道標となり、My Museの在り方を体現するような映画や本、アートをご推薦いただく「私のバイブル」。

2025.02.06公開

『街角 桃色の店』 © ブレーントラスト U-NEXTにて配信中

第6回には、フランスのパリをベースに、ライターとして活動する魚住桜子さんにご登場いただきます。花の都で食や映画といったジャンルを網羅する魚住さんの感性を刺激した作品とは? およそ四半世紀を異国で暮らすなか、どうやったら困難を乗り越え、ノンシャランと生きられるかを考えるとき、軽妙洒脱なハリウッド黄金時代の作品を観て幸福感に包まれることにしているという魚住さんに、運命の繋がりや人生を軽やかに生きる大切さを感じさせた3つの作品をご紹介します。

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■魚住桜子/Sakurako Uozumi
パリ在住24年のフリーランス・ライター。3年間のフランス留学を経て帰国した後、東京でライターの仕事を始める。フランス人ジャーナリストの夫と結婚を機に、2004年パリに移住。現在は映画や食を中心にフランス文化や暮らしにまつわる人物インタビューや取材、執筆を行う。著書『映画の声を聴かせて』(森話社)
@sakurako_uozumi

そんなトラブルも、あなたとなら楽しい⁉ 苦楽をユーモラスに描くルビッチ監督作『街角 桃色の店』

街角 桃色の店
『街角 桃色の店』 © ブレーントラスト U-NEXTにて配信中

「私の映画好きは、オードリー・ヘップバーンの大ファンだった母の影響があるのかもしれません。ビリー・ワイルダー監督の『麗しのサブリナ』や『昼下がりの情事』に魅せられて、さらにはハリウッド黄金期の名作群に夢中になりました。そのなかでも、ワイルダーが敬愛してやまなかったエルンスト・ルビッチ監督の作品は、機知とユーモアに満ちた“ルビッチ・タッチ”と呼ばれる独特の軽妙さで多くの人々を魅了しています。もちろん私もそのひとりです。

『極楽特急』『生きるべきか死ぬべきか』『ニノチカ』など、ルビッチ監督は数多くの傑作を生み出しました。なかでも、1939年公開の『街角 桃色の店』は、困難な状況下でも人生を楽しむヒントをくれるような作品です。

誤解や思い込み、すれ違いや勘違いをテーマにしたロマンティック・コメディの古典であり、多くの後世に続く作品にも影響を与えています。例えば、メグ・ライアンとトム・ハンクス共演の『ユー・ガット・メール』(1998)は、この作品をリメイクしたものです。

主人公のクラリクと同僚のクララは意見がぶつかり合うものの、その対話にはユーモアとウィットが散りばめられていて、不器用な2人の姿は微笑ましいほど。ルビッチ監督は、ヨーロッパのユーモアの洗練さをアメリカに持ち込んだ監督として知られ、富裕層や上流階級の中で繰り広げられる人間関係や社会風刺、そして巧妙な愉快さがそれら多くの作品の魅力となっています。同作では、庶民の心温まる物語を通じて、失業や経済不安といった時代背景を舞台にしつつも、登場人物が日常のささやかな喜びを大切にする姿を映し出しています。

匿名の手紙を通して進む恋愛は、直接的な恋愛描写ではなく、言葉や想像が生む感情の高まりを描き、映画に登場する人物たちのいずれも人間味が溢れていて魅力的です。ルビッチ映画に共通する“物事を深刻に捉えすぎない”視点は、現代を生きるわたしたちにも示唆を与えてくれると思います。笑いと涙の絶妙なバランスを保ちながら、人生の苦みや皮肉さえも楽しみに変える魅力を持つルビッチ作品。『街角 桃色の店』は、そんな“ルビッチ・タッチ”を存分に味わえる傑作なんです」

困難を乗り越え、人はしなやかに強くなれる。ヒッチコック監督のマイルストーン的作品『三十九夜』

三十九夜
『三十九夜』
LES 39 MARCHES © 1935 Carlton Film Distributors Limited. Tous droits réservés. Sous licence de ITV Studios Global Entertainment et distribué par Park Circus Limited.

「“サスペンスの名手”として知られるアルフレッド・ヒッチコックが、ハリウッド進出前のイギリス時代に手がけた初期の代表作です。物語は、冒頭のミステリアスな女性の登場から彼女の死までのテンポ感、逃走中の列車でのスリリングな追跡劇、スコットランドの荒野での壮絶な逃避行など、スリルに次ぐスリルというストーリー展開。無実の男が濡れ衣を着せられ、追われながら真実を追求するというジャンルの原型を築いた本作は、のちの名作『北北西に進路を取れ』にも繋がる重要な一作です。

物語の鍵となる“三十九の階段”とは何なのか? その謎が全編を通して観客の好奇心を刺激し続け、スパイでも探偵でもない普通の市民である主人公ハネイが、手がかりを追いながら真相に迫っていく過程が、ミステリーの醍醐味を生み出します。本作はスパイ・サスペンスでありながらも、ロマンティック・コメディのような味わいも楽しむことができます。

特に印象的なのは、ハネイが道連れとなった女性パメラ(マデリーン・キャロル)と、手錠で繋がれたまま逃亡を続けるエピソード。2人は反発し合いながらも、逃亡中、やむを得ず山奥の古びた宿屋で一夜を共にします。パメラがストッキングを脱ぎながらサンドイッチを食べるシーンは、映画史に残る名場面のひとつではないでしょうか。手錠がもたらす制約が2人を否応なく近づけ、軽妙なやり取りを通して距離が縮まっていく様子は、ロマンティックでありながらもコミカルで愛らしい。いつの間にか、2人の幸せな結末を願わずにはいられなくなるんです。

ヒッチコックの映画には、“絶望的な状況でも人間は生き延びられる”という前向きなメッセージが隠れている気がしますが、本作も例外ではありません。ハネイが危機に直面しながらも知恵と偶然を活かして切り抜けていく姿は、観る者に“どんな困難でも乗り越えられる”という希望を抱かせます。この作品にはしなやかに、現代を生き抜くためのヒントが詰まっていると思うんです。ヒッチコックの巧みな演出とともに、人間の強さと柔軟さに改めて気づかされる、時代を超えた名作ですね」

迷いがあるのが人生というもの。冬を背景に、信じる力を思い起こさせる『冬物語』

冬物語
『冬物語』『シネマクガフィン、紀伊國屋書店、¥5,280(本体¥4,800)』
© Les Film du Losange

「ヌーヴェルヴァーグの旗手であるエリック・ロメールの映画は、繊細な台詞によって登場人物たちの感情や心の揺れを鮮やかに描き出すことで知られています。その特徴は、日常の出来事を通して、観客に思惟的な問いを静かに投げかけてもいる点です。またロメール監督はバカンス映画の名手としても、『緑の光線』や『海辺のポーリーヌ』、『夏物語』など美しい自然を舞台に素晴らしい作品を世に残しました。

『冬物語』は、ロメールの『四季の物語』シリーズの第2作目にあたる作品です。このシリーズでは、それぞれの季節を象徴する人間の状況や感情を通じて、普遍的なテーマが描かれています。『冬物語』では、運命、信念、そして愛の本質が巧みに織り込まれており、たっぷりと表現されています。

物語は、ブルターニュで運命的に出会ったフェリシーとシャルルから始まります。しかし、些細な行き違いによって2人は離ればなれになってしまいます。5年後、フェリシーはシャルルとの間に生まれた娘を育てながらも、2人の男性との間で心を揺らしています。けれど、彼女の心の奥底からシャルルの存在が消えることはありません。淡い希望を抱きながらも、フェリシーは迷い、葛藤しながら日々を過ごしていきます。

彼女の迷いや矛盾する姿は不器用で、観客から見ると理解し難い部分もあるでしょう。しかし、ロメールはその“迷い”を否定することなく、静かに見守ります。人生にはときに答えの出ない問いが多くありますが、迷いながらも前に進む姿を通して、私たちに“それ自体が美しいことなのだ”とそっと教えてくれるような作品でもあります。

『冬物語』は、観る者に“どんな状況にあっても自分を信じる大切さ”を問いかけているのかもしれません。また、“偶然も人生の一部であり、それを楽しむ心”を想起させます。一見すると、男性たちの間で揺れ動く女性の身勝手な恋愛劇のようにもみえますが、その背後には日常生活の中に潜む深い哲学的な問いを秘めています。フェリシーが運命的な愛を信じる一方で、現実的な選択肢とも向き合わざるを得ないその姿は、切なくも心に強く響くのです。エンドクレジットの最後の最後まで目が離せません。

“運命を信じるか否か”、“人生における愛や信仰とは何か?” ロメールの作品は明確な答えを示すことなく、むしろそれぞれの解釈に委ねることで、深い余韻を残します」

『街角 桃色の店』

ハンガリー・ブタペストの革製品店で働く同僚同士が、匿名の文通を通じて知らず知らずに心を通わせていく。エルンスト・ルビッチ監督ならではの洗練された演出で、人間関係の機微を描いた大人のおとぎ話。すれ違いやワクワクが、デジタル時代の今だからこそより一層魅力的に感じるクラシックなスクリューボールコメディ。

『三十九夜』

アルフレッド・ヒッチコックが最も敬愛する作家、J・バカンの小説を映画化した作品。カナダから帰国した外交官ロバート・ハネイは謎の女性スパイの死をきっかけに警察やスパイに追われ、命を狙われて国家的陰謀に巻き込まれる。名作としてイギリス映画史に名を刻み、アメリカ時代のヒッチコック文体完結の礎となった傑作。

『冬物語』

シェイクスピアの『冬物語』に着想を得たというエリック・ロメール監督が、鮮やかな映像美で描く美しいラブストーリー。些細な行き違いから恋人と生き別れになった主人公フェリシー。運命とは。愛を確信するとは。奇跡的な偶然がもたらす“至福”の時が訪れるまでを、男女の恋愛模様や人間ドラマを通じて繊細に描き出す。


取材・文/八木橋 恵

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