前田麻美

Interview

Career

「おしゃべり好きなフランス人に救われて」パリ在住/ヘアスタイリスト・前田麻美さん

#海外で挑戦する女性 #海外で自分らしく暮らす

「海外で挑戦する女性たち」。第六回目にお話を伺うのは、フランス・パリでヘアスタイリストとして活躍する前田麻美さん。

2024.09.08公開

■Asami Maeda

京都生まれ兵庫・滋賀育ち。高校卒業後、大阪の美容専門学校に2年通い、東京の美容室に就職。その後、2年間のヘア&メイクアップアーティストのアシスタント生活を経て、独立。2009年にワーキングホリデー制度に応募し、無事合格して所持金31万円で渡仏。翌年から世界4都市のNY、ロンドン、ミラノ、パリで開催される4大コレクションに参加し、その後もコレクションのほか、雑誌や広告、カタログなどのヘアスタイリストとして活躍。二児のママでもある。

@asami6136

NO準備で向かったパリ。「どうにかなる精神」で切り抜けた20代

華の都・パリ。ファッション界においての憧れの地であり、ミニマリズムの真骨頂ともいわれる場所。年に2回開催されるパリコレは100年以上の歴史があり、世界最大のファッションの祭典とも呼ばれている。昼はカフェやレストランで食事やティータイムを存分に楽しみ、夜はロマンティックな夜景に酔いしれる。そんなふうに女性心を鷲掴みにする魅力とエナジーを持っている街ではないだろうか。

そんなパリでヘアスタイリストとしてキャリアを積んできた麻美さん。15年前からパリで暮らし、コレクションやファッション誌、広告などの撮影で活躍している。

「幼き頃から『パリで仕事したい!』とは思っていたのですが、パリという街自体に憧れはありませんでした。パリってどんな街?ということも知らずに渡仏したので、良くも悪くも変な期待もなく、それが長年住めている秘訣かもしれません。フランス語の勉強もまったくしていかなかったです(笑)。当時は携帯の翻訳機能などもありませんでしたし、お金もなかったのでメトロに長時間乗って、人の会話をひたすら聞いていました。いわゆる“道端留学”ですね。フランス人っておしゃべりが好きなので、それがありがたかった。お店などで知らない人に話しかけても、あまり変な顔をされないんです。日本人は海外の人に対してシャイな人が多いから、そこが逆でよかったです」

漠然と「パリへ行きたい」ではなく、明確な目標を持って渡仏した麻美さん。パリで仕事をしたいと思ったのは、10代の頃に観たある番組がきっかけだった。


「中学生のとき、テレビ東京の『ファッション通信』(※)という番組を観て、『なんだこの世界は〜!』と衝撃を受けたんです。中学生ながらパリコレなどファッションの華やかな世界、そしてその裏側で切磋琢磨しているモデルやスタッフの姿に心動かされました。そこでヘア&メイクという仕事を知り、興味を持ち始めました。経済的自立もない子どもだったので、当然のごとくすぐには行けず、高校卒業後は大阪にある美容の専門学校へ行き、その後は上京して美容室で働いたり、ヘア&メイクさんのアシスタントをしながら下積みをしました」

(※)『ファッション通信』(テレビ東京)とは、1985年11月に放映開始以来、ファッション専門の長寿番組として、ファッションシーンの最前線を伝えている番組。

麻美さんがパリに足を踏み入れたのは23歳のとき。ワーキングホリデー制度に応募し、無事合格したことで初めてパリを訪れ、最初はアルバイトで生活費を稼いでいた。

「所持金は31万円。家も決めずに渡仏したので、あっという間にお金はなくなりました。とにかく生きていかないとならず、お昼はお弁当屋さん、夜は日本食レストランでアルバイトをしながら過ごしていました。運がいいことに、アルバイト先が北マレという地区にあり、そこはたまたまファッション業界の人が多く住むエリアでした。今思えば下調べも何もせず来ていること自体が無謀すぎるんですけど(笑)、そこらへんがきっちりと準備をしていなくても『どうにかなるだろう』という精神の持ち主だったので、心配性な方はちゃんと調べてきたほうがいいとは思います(笑)。

それで、北マレに住むファッション業界で働く日本人の方との接点も持つことができ、『自分はヘア&メイクの仕事がしたい』という話をしたりしていました。あとは地図を見ながら『VOGUE PARIS』などのファッション誌がある出版社をまわって、名刺や合間をぬって作ったBOOK(作品撮りをまとめたもの)を持って行ったりしながら売り込みしていたのですが、パリではヘア&メイク事務所のツテで仕事がまわってくるのがほとんどらしいんですね。それを『ジャルース』というパリの雑誌の副編集長さんが教えてくれて、いくつか有名なヘア&メイク事務所を紹介してくれました。それで今度はヘア&メイク事務所をまわり、伝わっているのかどうかもあやしい英語とフランス語でなんとかやりとりして…などさまざまなやり方でコンタクトをとっているうちに、少しずつアシスタントの仕事をいただくようになっていったんです」

初のコレクション参加。バックステージは戦場でした

転機となったのが、2012年に開催されたクリスチャン・ディオールのショー。「アーティスティック・ディレクターのラフ・シモンズが初めて手がけたコレクションで、秋冬のオートクチュール・コレクションでした。そのショーのバックステージに、知り合いの紹介で入ることができたんです。私としては『ヘア&メイクチーム』を想像していたのですが、こっち(パリ)はヘアとメイクは分業制がほとんどだということを、現場に入って初めて知りました。個人的にはどちらもやりたかったのでそれは想定外でしたが(笑)、美容室でのサロンワーク経験があったので、ヘアチームへ入ることに。

素敵なコレクションの裏側は、まさに戦場でしたね(笑)。時代もあったでしょうし、おそらくそのチームが特に、ということだったのだと思いますが、開始5分で『Guys! Hurry up!』と叫ばれ、最初から最後まで常に怒号が飛んでいるような現場でした。それはそれで、面白かったです」

その後はパリを中心にNY、ミラノ、ロンドンなどコレクションをまわるようになり、実績を積んでいった麻美さん。ショーの仕事のほかに、ファッション誌やカタログなど、さまざまな現場で活躍している。「パリでファッションの仕事」と聞くと、ハイクオリティを求めるがゆえの厳しい世界を想像してしまうが…。

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パリ、NY、ミラノなどさまざまなコレクションのバックステージで活躍


「ショーは時間との勝負もあるので先ほど話したように、厳しい現場もあるかもしれませんが、基本的にパリの人はゆるゆるです(笑)。そこが私の性分にも合っていました。たとえばファッション誌の撮影で、全部で12カットあるのにまだ3カットしか撮ってない状況で、ランチで白ワイン1本開けちゃったり、2時間もおしゃべりしていたりするんですよ(笑)。最初は、『この人たち大丈夫?』と不安で、心配すらしましたが、いつも感心するのが最終的な仕上がりはビシッと決めてくるところ。そこがすごく、最高でクールなんです。残業したくない人も多いから、終わり時間もちゃんとおさえてくる。もちろん、日本人の準備をしっかりしてくるところも素敵だし、そこは変わらないでほしいと思います。それぞれの良さがありますよね」


ファッションの撮影では洋服やテーマはもちろん、モデルやスタッフのキャスティングは毎回変わる。そのたびに化学反応が起こり、唯一無二の作品が生まれるのが醍醐味だ。スタッフはフランス人のみならず、さまざまな国から移住してきたクリエイターたちが集まる。

「パリへ来て15年が経ちますが、いまだに現場では緊張しています。はじめましての人も多いですし、憧れのディレクターがいるときだけでなく、新進気鋭の若いクリエイターがいるときもあって、それはそれでドキドキします。それも含めて楽しいですね。まったく飽きない所以です。

ヘアスタイリストとしての一番の原動力は、みんなが望むものと、私がやりたいと思ったことがカチっとハマった瞬間。私はアーティストではないと思っていて、ある程度エディターやスタイリストが思い描くものに寄り添いながら、そのなかで自分がカッコいいと思うヘアを作って表現したい、と思っているんです。それが最高に噛み合う瞬間があって、そのときパリの現場って、めちゃくちゃ褒めてくれるんですよ。私が仕上げたヘアを見て、思い描いていたもの、またはそれ以上だったとき、『麻美、それ最高!』と何回も言ってくれるんです。それがとても嬉しいです。もちろんスムーズにいかないこともあるのですが、それはそれでハプニングを楽しむ精神がパリの現場にはあって、『なんて楽しい現場だろう』と思えます」

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メンズのヘアスタイリングをすることも

マニュアル通りに働かないフランス人

パリは20の区からなり、現在麻美さんが住んでいる場所は19区というエリアで、パリのなかでもアジア系の移民が多く暮らしている。美味しいビストロやワインバーなどが並び、アーティストも多く住む街だ。さらに自然豊かな公園や文化施設などもある。

「もともとパリの街に憧れがなかった」と話す麻美さんだが、実際のところ大変だったこと、困ったことはあったのだろうか。

「大変だったこと、あったとは思うのですが全然思い出せないんです。それに、同じことが起きても人によって感じ方は違うと思うんです。私にとってパリは、いいことしか思い出せないくらいとてもフィットしていて、住みやすいと感じています。なぜだろう、と考えてみると、パリに暮らす人は他者の価値観ではなく自分の価値観で生きているところが好きなんです。悪くいえば一人ひとりが勝手だし、ルールを守らないところがあります。

たとえばスタバのようなチェーン店だったとしても、そこにいる従業員の裁量で何事も決めている感じがするんです。ある日スタバへ行って息子がぐずったとき、店員さんが店頭で売られているお菓子をサッと息子に渡したんです。それって、会社としてはダメだと思うんですよ(笑)。どんな会社でも、部下にそんなこと勝手にされたら、困ると思います。だから逆側の立場から見たらいいことではないと思うのですが、パリの人はマニュアル通りに従うことが善ではなく、自分がどうしたいか、を優先している気がします。『上の人に怒られるかどうか』でジャッジしない人が多いんです。そういうところが素敵だな、と思います」

要するに、パリではそのときにたまたま対応する人の知識や気分などに委ねられる、ということ。役所においてもそうで、マニュアル通りには行われないことが多々あるらしい。麻美さんも、「ビザの申請をしにいったとき、最初は不機嫌だったのですが話しているうちに打ち解けてきて、結局必要書類が全部そろっていないにも関わらず通してくれました(笑)」という経験があったそう。

「人によっては、『マニュアル通りにやってよ!』と思うかもしれないですし、捉えかた次第だと思います。いい・悪いではなく、相性の問題。大抵の場合、『話せばわかる』ということが多く、会話をしているうちに対応がよくなっていく人もいます。日本でそんな役所、あり得なくないですか?

友達と接していても基本的に愛情深い人が多くて、誕生日やクリスマスなどの特別な日ではなくても、さらっとプレゼントをくれたりします。『何か困ったことがあったら連絡してね』というのも社交辞令ではなく、必ずヘルプしてくれる。私の性格的に人に頼るのがとても苦手なのですが、『甘えてもいいんだ』と思えるようになりました。まだまだ苦手意識はありますが、なるべく人に頼っていこう!と最近では思っています」

日本でもプレゼントは盛んだが、たとえば日本の手土産文化は「マナーのひとつ」とされており、うっすらとした義務感が漂うときがあることは否めない。ゆえに、デパ地下や百貨店には手土産コーナーがひしめいており、グルメ事情も発展していったのだろう。これも、どちらがいい・悪いではない。どちらが心地よいと思うかだ。

治安に関しても、窃盗やスリなどが日本よりも被害が多いとされている。これも事実ではあるかもしれないが、「悪い人が多い」ということでもない。

「窃盗やスリ、置き引きなどは日本に比べて多いのですが、それは『盗られるほうが悪い』という文化もあるかもしれません。だからこちら側が気をつける必要性はたしかにあります。そのわりに、パリではシッターさんやハウスクリーニングなどに頼る人も多く、平気で知らない人を家にいれちゃうところもあるんですよ。ホームパーティも50〜100人規模で催したりするのですが、何か盗られたという経験は一回もないんです。そこが不思議なところです」

食事好き、おしゃべり好きの友人に囲まれる幸せ

「ファッション界においての憧れ」と冒頭で述したものの、『フランス人は10着しか服を持たない』という本が出版されベストセラーにもなったが、フランス人はそこまで服に執着しないのが実情。人それぞれのスタイルがあり、流行やトレンドを追うことに興味がなさそう、という印象だ。実際に、日本人のほうがファッションに関心はあると言われている。しかしながら、『みんな一緒に見える』というのも日本の特徴。それだけまわりの価値観に左右されるところもあるのかもしれない。


とくにパートナーシップや恋愛面は、形式に縛られない自由な恋愛を尊重している印象がある。実際のところは?

「パリにいて思うのは、みんながみんな自由奔放というよりは、人さまのことをとやかく言わない、という感じはします。日本にいて30歳を過ぎて独身だと、『そろそろ、(結婚は)どうなの?』という会話が生まれたりするじゃないですか。そういうことがない。まわりからの目を気にしていないから、自由な恋愛をする人が多いんじゃないかな、と個人的には思います」

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「食べるのも料理するのも好き」という麻美さん。自宅ではたびたびホームパーティーを開催。夫婦二人とも料理を振る舞うのが好き


結論、自分が幸せで心地よければいい、ということ?

「そう思います。卒業した美容の専門学校で、年に一度開催されるセミナーに講師として呼ばれて生徒からの質問に答える機会があるのですが、さまざまな質問に対して、『人による』としか、答えられないんです(笑)。タイミングもあるし環境にもよる。総じていえるのは、『日本人だから』『フランス人だから』ということを考えすぎないほうがいいかもしれません」


では、麻美さんにとっての幸せは?と聞くと、

「私が幸せと感じるのは、本当に地味なことばかりです。朝ゆったりコーヒーを飲んだり、猫と戯れたり、時間の余裕を感じられるときに至福を感じます。あとは、みんなと集まって美味しい食事をしているとき。実家にいるときも学校の友達を呼んで家で遊ぶほうだったので、常に他人と一緒にいてもその時間が苦じゃないんです。

SNSなどが発展して、あらゆる情報を得られやすい時代になりましたが、ネットサーフィンがあまり得意じゃなくて、パソコンも持っていないんです。仕事や食事など、人と触れ合っている時間に必要な情報って入ってくると思っているし、そのほうが体に溶け込んでいくような感じがして、自然と頭に入ってくる気がします」

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ファミリーで。二人目のお子さんは出産したばかり

パリは食事の時間を大切にする。そんなところも、麻美さんの価値観と合ったのかもしれない。

「これは私の人生において大切にしていることでもあるのですが、食事のときに『隣に座りたい』と思われるような、やわらかくて心地いい存在でありたい、と思っています。そのために努力するということでもないのですが、なんか一緒にいるとリラックスできるな、楽しいな、と思ってもらえるような。それは仕事の現場でもそうで、人としてやわらかくありたい。ただ親切でやさしい、とも違くて、明確に言葉では言い表せられないですが、お店などと同じで居心地の良さみたいなもの。それは、自分自身が、“心地よさ”を大事にしているかもしれません。これからも、そんな人間でありたいと思っています」



これからもパリにいる予定?という問いに、「今のところ、パリで仕事をしていたい」と麻美さん。「フランス人はジャッジが少ない」と話していたが、麻美さん自身がジャッジのない、フラットで心地よい人だと感じた。

きっと、文化も違えば生活する上で大変なこともあったに違いないが、「記憶喪失か、というくらい覚えてない」とほがらかに笑う麻美さんを見ていると、「本当にどこでも住めるのでは?」とも思ってしまうほどだ。海外移住するのであれば、過度な期待をしないことと、ジャッジをしないこと。しかしそれは、すべてに通ずることかもしれない。



取材・文/竹尾園美

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