コロナ禍でしばらく海外渡航できない分、日本の冬の美しさに触れる旅はいかがでしょう。都心から上越新幹線でわずか1時間20分、雪降りしきる新潟県南魚沼へ。同じ日本とは思えないほど、一面キラキラ輝く銀世界が広がります。
まだ誰も足を踏み入れていない純白な雪原を横目に車で走ると現れる、まさに手付かずの自然が残る里山にポツンと佇む古民家こそが、「里山十帖(さとやまじゅうじょう)」
新たなラグジュアリーの形を創造し、全国から訪れる温泉通やトラベラーを魅了し続けているのです。
築後150年余りの古民家をリノベーションした里山十帖は、温泉宿としては初の「グッドデザイン賞 ベスト100 ものづくりデザイン賞(中小企業長官賞)」を受賞し、さらには「2020年ミシュランガイド新潟版」で一つ星を獲得し、多くの旅行メディアでも取り上げられています。
重厚感ある日本建築の二重扉が開くと、高さ10m近くもの広大な吹き抜けと、ヒトの背丈以上の大きな幹の打ち出の小槌型スピーカーが出迎えてくれます。柔らかな音がロビー一帯を包み込みます。館内にはデザイナーズ家具や様々なアーティストの作品が展示され、旧き良きクラシックな空間にモダンな要素が見事に調和しています。
「寒かったでしょう?」とスタッフの方のお心遣いで、チェックインは暖炉の前で行われました。ウェルカムスイーツには新潟の伝統野菜でもある神楽南蛮を使ったパウンドケーキと温かいお茶をいただき、冷えた身体がグッと温まります。
ダイナミックな小屋組から当時の大工の職人技を肌で感じることができます。木造建築なのに館内どこに居ても寒さを感じないのは、至る所に断熱材を配しているから。10mほどの渡り廊下をガラス窓ではなく木組みにしているのは積雪を防ぐため。雪国に暮らす人々の知恵がたくさん詰まっています。
日本の百名山・巻機山をはじめ、標高2000m前後の上信越国境に聳え立つ壮大な山々と、一面に積もった真っ白な雪景色を一望でき、その光景は息を呑むほど。視界を遮るものは何もなく、目の前に広がる里山の自然に一体化するように設計された、ある種のインフィニティプールのよう。大自然が織り成す、今の季節しか見ることのできない絶景!この上なく贅沢な湯浴みができました。
翌朝はグッと気温が下がり、しんしんと降り続く雪の中、笠を被って湯に浸かるという人生初の雪見風呂を体験しました。
内湯も源泉掛け流しで、加熱保温のため循環器を使用しており、22時から男女入れ替わります。歴史ある大沢山温泉は、透明のお湯そのものがツルツルとした感触で、湯の花が舞い、湯上りはさっぱり。美人の湯、美肌の湯として知られています。
山々に残雪のある春、新緑が広がる夏、初冠雪が見られる秋から初冬にかけてもまた、四季折々の景色が楽しめるというから、また季節を変えて訪れたいところ。
新潟といえば、日本を代表する米所であり、日本酒の消費量は全国1位を誇るほど、「米」と「酒」の産地として知られていますが、実は伝統野菜、発酵食、保存食など、日本に根付いた食文化が、雪国における当たり前の風景として残っています。
里山十帖のメインダイニング「早苗饗(さなぶり)」の名は、豊作を祈ると同時に田植えに協力してくれた人々をもてなす「饗応」に由来し、「風土と文化に寄り添いながら、自然の恵みに手を合わせて食べる」という料理の基本や原点を大切に、いわゆる豪華な旅館食やホテルのフレンチとは異なる、新たなガストロノミーの形を体現しています。
「二十四節気、七十二候/日本の暦に逆らわない料理」「古来伝承の発酵・保存技術を学び、活かした料理」「野菜は皮や根、茎まで、魚や肉は骨まで、余すことなく使い切る」といった「料理十条」を掲げ、地元新潟の生産者の想いが詰まった食材を積極的に採用して、全国に、そして世界に発信しています。
広大な里山で毎朝採れる山菜と、顔の見える生産者が作るこだわりのコシヒカリ、醤油や味噌までも無添加・天然醸造の調味料を存分に使い、料理人とのコラボレーションで地産地消の郷土食文化に新たな彩りを添えています。毎節というよりは毎日、採れる食材に応じてメニューが少しずつ変わるというから興味深いところ。
今回訪れた冬至の頃は「保存食と発酵食」をテーマに、雪室(ゆきむろ)で大切に貯蔵された切り干し大根、ゼンマイ、山ぐるみなどの山菜を使った伝統料理の「芥子なます」や、色も食感も異なる大根を花びらのように美しく盛り付けた「ぶり大根」など(こんなオシャレなぶり大根を食べたことがない!)...単なる田舎料理ではなく、モダンで先鋭的な自然食で、食材の本来の味を最大限に活かした味付け、火の入れ方、プレゼンテーションに、終始驚きの連続でした。
滋味溢れる優しい味わいに、五感が研ぎ澄まされるよう。口に運ぶ一口一口を大切に味わいたくなりました。満腹食べたはずなのに、どこか身も心もスーッと軽くなり、クレンズされたよう。
大地の恵みを感じ、この雪国で力強く育った食材の持つ力を感じる。食材を通して生産者の想いを感じる。食を通して新潟そのものを体感する。ここでしか味わえない雪国ガストロノミーに出会えました。
実は昨年ご紹介した箱根本箱は、株式会社自遊人が運営する里山十帖の姉妹宿でもあります。ライフスタイル提案型のホテルの先駆けで、ここでの体験を通じてライフスタイルそのものを発信するというメディアとしての役割を担う宿、ということを随所に感じられました。
昨年のコロナ禍、旅行に行きたくても行けない状況で「南魚沼の名旅館を応援しよう!」と里山十帖ファンが発起人となり、クラウドファンディングを通して多くの支援金が集まったそう。
「フードロスやフードマイレージの低減は、自然と共存する暮らし」「時間をかけてひと手間かけて成すことこそが、真のラグジュアリー」
化学調味料を加えれば簡単に美味しくなり、お湯を加えれば食べ物に化けるように、あまりに便利になりすぎた現代社会において、里山での体験は、忘れかけていた大切なことを改めて気付かせてくれた気がします。
この古民家に刻まれた歴史の重厚さと、雪国で培われた食材の力強さに思いを馳せながら、また必ずこの地を再訪したいと強く思います。
17歳から読者モデルとして「Vivi」「JJ」「non-no」など多数女性誌に出演。MBSラジオパーソナリティとして出演。大学卒業後、化粧品会社勤務を経て、フリーランスに転身し、ヨガインストラクターを務める傍ら、トラベルライターとして世界中を飛び回る。過去渡航した国は40カ国以上。特にタイに精通し、渡航回数は20回以上。ハワイ留学経験有り。現在は拠点をロサンゼルスに移し、東京と行き来してデュアルライフを送る。
渡辺由布子さんの最新記事はこちら
最近の記事
Recent articles
「手つかずの地球(ジオ)の風景がおもてなし」。地球や人との繋がりに思いを馳せるジオホテル
本質的なモノ・コト・旅を紹介する「My Muse Selection」。今回は、島根県・隠岐諸島に位置する“泊まれるジオパークの拠点” 「Entô」をご紹介。
2024.12.09
Wellness
Culture
「自分の可能性にオープンであることが、新しい道を切り拓く」NY在住キュレーター・斯波雅子さんが導く日本アート界の新境地
NY在住歴は約20年。現地でアート団体を運営する斯波雅子さんにインタビュー。大学時代からアートに魅了され、アート界の中心地でもあるNYで転職を繰り返しながらアーティストをサポート。2020年に独立し、アート&テック系の事業会社や非営利団体を立ち上げた彼女。活動の真意や、そのうえで大切にしているマインドなどを伺ってみました。 Photo by Dave Krugman
2024.12.05
Interview
Career
「一人ひとりが成長ではなく、“成熟”していく世界へ」食べる瞑想を通して伝えたい、本質的な豊かさとは/Zen Eating代表・Momoeさん
禅や食べる瞑想「Zen Eating」を伝えながら、国内外で活動しているZen Eating代表・Momoeさんにインタビュー。食べる瞑想「Zen Eating」とは、今日からできる、幸せな食事の方法です。そして、私たちがあらゆるものとつながっているということを気づかせてくれます。Momoeさんが、Zen Eatingを通して実現したい世界とは? そして、今後の世界で問われる、本質的なWell-beingとは。
2024.12.01
Interview
Wellness
♯グッドバイブスウーマンvol.6<鈴木優菜さん/衣装・刺繍作家>
#グッドバイブスウーマン。その方の信念や生き方、在り方がわかるような、「10の質問」をお届けします。本連載は、グッドバイブスな友人・知人をご紹介していくリレー形式。第六回目にご登場いただくのは、衣装・刺繍作家の鈴木優菜さん。
2024.11.22
Interview
♯グッドバイブスウーマンvol.5<山田祐実さん/フリーランスカメラマン>
#グッドバイブスウーマン。その方の信念や生き方、在り方がわかるような、「10の質問」をお届けします。本連載は、グッドバイブスな友人・知人をご紹介していくリレー形式。第五回目にご登場いただくのは、フリーランスカメラマンの山田祐実さん。
2024.11.12
Interview