幽玄なる山梨県の山奥。日本仏教三大霊山の1つとされる身延山(みのぶさん)に座する久遠寺(くおんじ)にて、世界的に注目される現代美術アーティスト小松美羽(こまつ みわ)が、コロナ終息を願い奉納ライブペイントを行いました。
まだ冷たさ残る朝霧の中、30人以上の僧侶による読経と祈祷を背景に生み出された渾身の力作は見る者を圧倒する生命力と魂に満ち溢れています。その様子はYouTubeでライブ配信されアーカイブ含め2万人以上もの人々を魅了しました。
今回は、荘厳なライブペイントの一部始終と共に、世界が熱狂する小松美羽の不思議な魅力に迫ります。
1984年長野県坂城町生まれ。銅版画「四十九日」が注目を集めプロの道へ。
有田焼の立体作品「天地の守護獣」が大英博物館に収蔵、「INORI~祈祷〜」が第76回ヴェネツィア国際映画祭VR部門にノミネートされるなど、その作品は国内外で高い評価を得ています。
2020年に日本テレビ「24時間テレビ」のチャリTシャツをデザインしたアーティストということで注目した方も多いのではないでしょうか。
小松美羽の全作品を通じて共通するテーマが「祈り」です。長野の自然に囲まれ動物たちと共に育ったという彼女は、幼い頃から自然に対する畏敬の念を抱いていたといいます。近所には寺社もあったことから、それらに参拝し祈ることは彼女にとってはごく当たり前のことだったのかもしれません。
そして共に暮らした動物たちの生と死、最愛の祖父の死に直面したことで、生きとし生ける全てのものに対して「祈ること」は彼女の中でより一層大きなものとなっていったのです。
アトリエにも祈りの場所を確保し、作品を描く前後に必ず手を合わせる。それが彼女の作品に、独特の死生観と圧倒的な生命力、他には無い力強さを吹き込んでいるのではないでしょうか。
今回ライブペイントの舞台となったのは、鎌倉時代より約750年もの歴史を誇る日蓮宗の総本山、身延山久遠寺(みのぶさんくおんじ)。
2021年は宗祖日蓮聖人生誕800年という重要な年でもあります。身延山は比叡山、高野山と並んで日本仏教三大霊山の1つとされる国内屈指のパワースポット。深山幽谷の澄み切った空気の中、ひっそりと佇む壮大な伽藍は訪れる者を神聖な気で満たします。
コロナ禍における人々の健勝と多幸を願う僧侶30人の読経が響く中、最初に彼女が手を付けたのが白いV字部分。人々の思いが集まって中央で交差する、そのイメージがまず頭に浮かんできたのだといいます。
ライブペイントは事前に構想を練らず、全て即興で行われます。その場で浮かんできたインスピレーションをキャンバスにぶつけるのだと語る彼女。自然の音や香り、命の息吹、人々の思い、霊魂、そういったことが彼女の身体を介してキャンバスへと次々に現されていくのです。
雨の気配が漂う湿った空気の中、巨大な円形キャンバスに現されたのが水の神である龍の姿。両サイドにも水を纏い二重螺旋を描きながら踊る龍が描かれ、天へと繋がる蓮の花は祈りの心を表しています。
三連の円形キャンバスには金箔と銀箔が貼られ、夜から始まり朝・昼とつながっていく様を表現。円の形は身延山が長い歴史の中で紡いできた縁であり、今であり、これからの未来を現しています。
筆を叩きつけ、絵の具を投げつけ、素手で塗りたくる。荒々しく、無心に、時に無邪気にさえ感じられる制作の過程は、まるで目に見えない力に操られているかのようでした。単なる商業的なパフォーマンスでは為し得ない、鬼気迫る眼差しは至極真剣そのもの。
白袴が色とりどりの絵の具で染まってゆく様子は作品と彼女自身との不思議な一体感に包まれていました。
仏教、神道、キリスト教、ユダヤ教、彼女が作品を通して関わった宗教は様々です。それぞれ教義も死生観も違い、ともすれば相反する部分さえありますが、全てに共通するのは人々の「祈る姿勢」だと彼女は言います。
死者を追悼して、平和を切望して、この地を訪れたくてもできない人々の思いを感じとり描いたという今回の作品は、そういった強い想いと祈りが込められているように感じました。
今回制作された作品は『祈りは天へ 水龍は蓮の華と舞い 身延の山に祝福を』と題され、今後は身延山久遠寺の宝物館広間にて一般公開される予定。ぜひ身延山へ参拝し、小松美羽の想い、そして僧侶たちの祈りの籠った魂漲る話題作を目にしてみてはいかがでしょうか。
元海外旅行添乗員。1児の母時々旅ライター。LINEトラベルjp、ANA、HIS等旅系サイト、25ans、oggi等女性誌、ビジネス誌などに寄稿。
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